【何故天狗と猿田彦は紐づくのか?】
猿田彦の風貌は「鼻の長さは七咫(ななあた)、背は七尺(ななさか)、目が八咫鏡(やたのかがみ)や赤酸醤(あかかがち)のように照り輝いていた」と言われます。
その風貌が天狗に似ている為に天狗と紐づくけたのが言われていますが、もしかすると猿田彦を天狗にしたのかもしれません…あくまでも憶測ですが…
しかし、天狗と紐づく理由はそれだけではありません。
天狗の側面から猿田彦を見てみましょう!
天狗は広義では、日本の民間信仰において伝承される神や妖怪ともいわれる伝説上の生き物のことをいいます。
一般的に山伏の服装で赤ら顔で鼻が高く、翼があり空中を飛ぶとされています。
俗に人を魔道に導く魔物とされ、外法様とも言われます。
その天狗の中でも神通力が強かった天狗を大天狗といい。
大天狗の中でも力が強かった天狗を八天狗と呼びました。
そして、八天狗は以下の御山に住まわれています。
①京都愛宕山 太郎坊
②滋賀比良山 次郎坊
③京都鞍馬山 僧正坊
④長野飯縄山 三郎坊
⑤鳥取大山 伯耆坊
⑥福岡英彦山 豊前坊
⑦奈良大峰山 普鬼坊
⑧香川白峰山 相模坊
その中でも愛宕山 太郎坊、比良山 次郎坊、英彦山 豊前坊は猿田彦そのものとの言われがあります。
それほどまでに天狗と猿田彦は深い縁があります!
今度は猿田彦が登場する天孫降臨から見てみましょうか?
天孫、瓊瓊杵尊が筑紫の日向に天振るとき道案内したのが猿田彦です。
当時の日本の地形を思い浮かべてみましょう!
現在の様な平野が広がっていたでしょうか?
殆どが山地でした。
その山地を案内したのですから猿田彦は山の民と言えます。
例え山の民でなくとも山との関係は深かったはずです。
そして、山の主は天狗です。
猿田彦と天狗は切っても切れない関係ですね!
さて、次は火防です。
猿田彦のご神徳には火防があります。
いったい何故でしょうか?
火防も山、天狗、神通力などにつながってきます…
神社や神様の歴史は単にファンタジーで捉えるのではなく現実に起こった事実として考え、表面だけでなく裏側(何故そうなったのか?)を探るととても面白いです。