穢れ(けがれ)を払う為の禊(みぞぎ)を行うことが日本の古い習慣にあります。
禊とは死や血、出生に関わることで自分や他者に死が乗り移らないように罪や穢れを落とし清らかにする水浴行為です。
神社で参拝する前に手水で清めることも禊の一種とされています。
この様に穢れとは悪い現象を表しています。
しかし!古事記が編纂される前の時代では違っていて…
禊とは生命力を甦らせる行為だったのです!
穢れとは忌むことではなかった
そもそも穢れとは何なのか?
『古事記』では「醜(しこ)め醜めき穢(きたな)き国」である「黄泉国」から逃げ還った伊耶那岐(いざなぎ)が「禍(まが)を直さむ」として「禊祓(みそぎはらへ)」を行なったという話や、
隼人の頸を斬った水歯別(みずはわけ)が「祓禊(はらへみそぎ)」をしてから履中天皇に参上しようとした話などが挙げられてます。
『古事記』では既に“死=穢れである”という図式になっています。
また、穢れとは不浄であり黒不浄・赤不浄・白不浄という3つの不浄に分けられます。
黒不浄とは死です。
死者が出ると不浄になりました。その家全体を燃やしたり、貧民の場合は死穢が移るのを恐れて、死にそうな者を路傍や山野に放置したと言われています。
赤不浄とは血です。
神は血を不浄のものとして嫌うので、月経時の女性には神社の参拝を禁ずるなどの禁忌があります。
白不浄は出産です。
出産時の出血は穢れが家族にも及ぶとされ、特に漁業・狩猟・大工・鍛冶職などに従事する者は妊婦と別居したとされます。
死・出血・出生などの異常事態を穢れと見なされ、水をもって浄化する観念の根底には、穢れが伝染するという観念がありました。
しかし「神道」の原義には「ハレ」と「ケ」という観念があります。
一般に「ケ」は「氣」とされ、陰陽の氣だとされます。
私達が日常生活を送っているうちに、その氣が枯(涸)れてくる。
これが「ケガレ」だとされていたのがもともとの意味です。
この枯(涸)れた氣を回復させねばならない!そこで行なうのが祭!
非日常的な祭を通して、日常生活の中で枯れた氣を回復する。
これが「ハレ」だとしています。
その他に「ケ」とは「食(ケ)」食物という説もあります。
食の尽きた状態が「ケガレ」であり、「ケ」を摂取して力が漲ったのが「ハレ」だとされます。
いずれにせよ、「ケガレ」は「不浄」、「穢れ」の意味をもっていなかったということです。
ミソギは再生の儀式
禊(ミソギ)も同様でした。
「ミソギ」の語源は「みそそぎ」つまり「身をそぐ」が通説とされるように、「ミソギ」とは元々は「衰えた生命力をよみがえらせること」、聖水の中に入って若返り、神になる行為だったのです。
『書紀』では「浄沐(ゆかわあみ)」と表記されています。
だが「ミソギ」は後に、「禊」という漢字が当てられ中国の祭式の「禊」の影響を受けて、身体についた「穢れ」を洗い清めて神に相応しい体となるための行事を指す言葉となってしまったのです。
禊が再生、若返りの儀式として残っている例のひとつとして、江戸時代に病を治す為に加賀の白山比咩神社(白山神社の総本山)に旅をしていた史実があります。
白山の手取川に入ることは不老不死の儀式となっていました。
また、菊酒を飲んで不老長寿になるという言い伝えも残っています。
今でも白山の水は長寿の水とされていて、その水質はアルカリ性です!
人は水分があるからこそ若さを保てる⁈
私達の体の殆どは水で出来ています。
生れたときの赤ちゃんが75%、子供になると70%、成人男性で60%、女性は55%、60歳以上のシニア層になると男性は50%、女性45%と水分量が失われることが歳を取ると言っても過言ではないのです。
水をのんで不老不死になったり若返れる訳ではありませんが、老化のスピード緩やかにはできますね。
古代の人達は凄いです!化学的な実証はなくとも「水」が人間にとって凄く重要な物質であることを知っていたのですね!
数万年と言われる日本人の英知はに感服です。
みなさん!しっかりとお水を飲んでミソギをしましょう!!若々しく元気を保てます!
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